【イベントレポ】大学図書館と学術出版社の連携:電子学術書利用実験の提案(1)
こんにちは。librarius_Iです。
慶應義塾大学の図書館が,学術出版社との連携のもと電子書籍を作成し,利用者に貸出する実験を始めるというので,シンポジウムに参加してきました。
id:min2-fly さんが食いつくネタだなと,しめしめ私は楽できるなと思っていたら,大学の方がお忙しいとのこと。
じゃあ私が記録を提供しようと思った次第であります。例の如く,長い文章ですが,最後までおつきあい頂ければ幸いです。
なお,イベントレポの大先輩であるid:min2-fly さんのレポに倣って以下のような断りを入れておきます。
以下の記述はid:librarius_I の聞きとれた/理解できた/書きとれた範囲のものですので,ご利用の際はその点ご理解いただきますようお願いします。
また,間違い等見つけられた場合はコメント欄等でご指摘いただければ幸いです。
それではどうぞ。
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2010年10月6日(水)14:00〜
「大学図書館と学術出版社の連携:電子学術書利用実験の提案」@慶應義塾大学三田キャンパス東館6階 G-SEC Lab
はじめに
慶應義塾大学メディアセンター本部事務長 平尾さん
E-Books and E-Journals in US University Libraries -- Current status and future prospects
James Michalko(OCLC Research(Vice President) & RLG Partnership )
- 私からはアメリカの大学図書館における,電子図書,電子ジャーナルの話をする。
- 北米が中心なので,すべてが日本に当てはまることではない。しかし,日本の状況と比べてもらえれば興味深いと思う。
- 私から話すことは3つ。
- アメリカの蔵書の傾向
- 電子出版への移行
- 電子出版の図書館や出版社への影響
(アメリカの大学図書館における資料費の支出内訳を示しながら,)
- このデータは研究図書館協会のデータを元にしている。
- 電子ジャーナルへの支出は他のどの項目よりも多い支出を示している。
- グラフの中に示されているコストの中には,図書館だけでコントロールできるコストもあるだろう。
- ただ図書館が支出するものは母体が期待するものに沿っているかどうかが問われている。
- 大学が期待するものと合わせる形で大学図書館が支出をしてきたわけではない。
- アメリカの大学当局から受け取る予算は減少している。それは,大学が図書館から受け取る価値は減少していると見なされているからである。
- 過去15年にわたって,大学の当局は支出を減らしている。それはレファレンスサービスに対する機関としての依存度が減ってきていると見なしているからである。
- 学内での図書館の貸し出しを見てみると,絶対的な意味でも比較でも減ってきている。
- このように学内の図書館のコレクション,サービスが減ってきているのはネットによるものである。
- 図書館にある紙の書籍がどれだけ使われているかを示す証拠はある。そのような客観的な証拠を見るといくつか分かることがある。
- いわゆる80:20の法則が紙の書籍にも当てはまる。
- それから過去の利用状況は将来の予測に役立つことがわかる。
- 書籍が出版されてからの年数がたつごとに利用が減ることがわかる。
- そして学術書のプリント版のコレクションにおいては,利用者が所有しているにも関わらず,50%が探し出せない状況である。
- ユーザーというのは,紙の書籍は使っていないし,大学にとっても紙の書籍の要求が減ってきている。利用者はネットからこういうモノが得られるよう要求している。
- OCLCは紙の書籍がどのように利用されているか,オハイオ州の88の州内大学が収集したデータを元に分析した。*1
- 貸し出しの80%は蔵書の13%で賄っていたことがわかった。
- 紙版のコレクションのほとんどが使われていないことがわかった。
電子出版への移行について
- アメリカの研究図書館のグループから得たデータによれば,現在アメリカの研究図書館はコレクションに当てられる予算の60%を電子出版に当てている。
- これは,電子出版への移行が先に進んでいることを意味している。
電子出版への移行の現状
- ジャーナルについては完了している。
- レファレンスブックについてはほとんど完了している。
- けれども,使われていない紙のジャーナルやレファレンスブックも購入している。
- いずれにしても,電子ジャーナルや電子版のレファレンスの移行はほとんど進んでいる。電子書籍への移行もまもなく終わるだろう。
- アメリカの出版界はこのようなスイッチが起こることをすでに予測している。
- プライベートなマーケットリサーチの結果によれば,上位の出版社は10年以内に100%の書籍を電子出版することを想定していると言う回答を寄せている。
- ジャーナルについては既に電子出版が完了している。電子書籍についてもまもなく完了するだろう。
ハッチトラストについて
レガシーな資料について
- もし,アメリカで電子出版が当たり前になり,レガシーのコレクションがデジタル化されるという状態が起こったとする。
- 図書館は既存の紙版のコレクションの管理方法を変えることができ,レガシーのコレクションをリタイアさせることができる。
- アメリカでは書籍のリタイアメントが多くの機関で進行中である。書籍のリタイアメントについては国家プロジェクト,大学間プロジェクトが様々進行中である。
- こう言った機関ではレガシー資料をリタイアさせている。これは紙版を保管するよりもずっと安く済むからである。
- ある書籍の寿命を比べてみると,ある書籍を保管しておくことはデジタル版を保管するより10倍高くつくと言われている。*2
電子出版が図書館や出版社にどのような影響を及ぼすか
- アメリカの大規模な大学図書館120位までを取り出して調べたところ,図書館の蔵書の30%以上がデータベースの中に重複して存在している事が分かった。
- 興味深いのは規模の大小に関わらず,デジタル版との重複を示す割合は30%と一定であったことだ。
- しかも,ここ1年間で重複の度合いが19%から31%になった。さらに1年たてば,図書館の蔵書の50%がデジタルの形式で存在することになるだろう。
- これは図書館の館長や出版社にとって重要な意味を持っている。
- 館長としてはどんどん重複する学内の蔵書が,大学の教育や研究にとってどんな意味を持つか説明しなければならなくなる。
- 単純にいってしまうと,当局にとって興味があるのは,図書館の本棚に並んでいる書籍が独特な機関にしてくれるのかということである。
- 出版社にとっての意味合いは,大学は電子書籍に対するジャスト・インタイムが求められているということである。
- そして,それは学内の図書館,書棚に紙の本としておいておくよりもオプションとしてオンデマンドの配本が求められているということである。
- 館長としてはどんどん重複する学内の蔵書が,大学の教育や研究にとってどんな意味を持つか説明しなければならなくなる。
「電子学術書利用実験の概要」
慶應義塾大学メディアセンター所長 田村俊作先生
学術書の利用実験について背景も含めて説明したい。
米国大学図書館の状況について
日本の大学図書館
- 予算は紙の本の支出は減少を続けている一方,電子リソースには多くの支出を行っている。アメリカの大学図書館と似た傾向になっている。
- 日本の場合は,電子書籍のほとんどが電子ジャーナルであり,電子書籍は少ない。アメリカと比べて,図書館が持っている資料の電子化は進んでいない。パブリックドメインについては進んでいるが,現実的な利用が見込めるような著作権ありの書籍については電子化がほとんど行えない。
- 新しい電子書籍のプロジェクトが多数行われているが,なかなか日本では進んでいかない。
- 出版社の方で言えば,ビジネスがうまくいくかどうか,初期費用がかかるという懸念がある。そういう部分へ冒険することができない事情がある。
- 図書館の方は,デジタルの新刊でよいモノがないし,古い本は著作権で電子化できない。
- 悪循環,プラットホームが不在である。
- 今回の実験はこのあたりのプラットホームを作れないものかどうかということである。具体的には,次の3つを試みたい。
- 相互理解
- 今までの流通は取り次ぎを介した形で単体の本を書うというやり方をしてきたわけで,出版社の方は大学でどのような形で本が利用されているかを知らない状況である。図書館の方は出版社のことがわからない状況である。そういう意味で相互理解が必要である。
- ビジネスモデルの検討
- 資料をデジタル化して利用するモデルを考えていく
- どういう形で出せば使える利用になるのだろうか,試してみればどうか。まず何をすればよいかを考えたいと思った。
- 図書館での提供方法,何を提供するか,どういう工夫をすればよいかを考える。
- 技術評価
- こうした取り組みの上での評価を学生に評価させるようにして,使える仕組みをまず考えたい。
実験の説明
- コンテンツ
- 出版社から提供を受ける。デジタル化の対象となるコンテンツを選んで出してもらう。
- 新刊書ではなくて,むしろ古くても使えそうなものを考える(当然著作権はあるので権利処理をしてもらう)
- 実験期間中にのみ無償で提供してもらう。
- オーサリング
- 実際に本をデジタル化する部分,大日本印刷が担当。
- システム
- デジタル化された書籍を提供するシステム,京セラコミュニケーションシステム
- 大学図書館
- 慶應義塾大学で場所を提供する。データを集め,利用者である学生の意見を集約していく。
実験モデルはプレスリリースを参照のこと。
実験のための許諾関係
以下の3つの許諾関係がある。
実験の目的
- コラボレーション
- 古い本をデジタル化刷ることで,共同でお互いに利益がでるような仕組みを考えていきたい。
- 実験でマーケティング・技術的な課題を連携して検討する。
- ビジネス確立に向けた実証実験
- 来年の3月までの実験であるが,その中で具体的に利用されるシステムと,提供される書籍の契約の仕方,利用の仕方について
スケジュール
大きく3期に分けて考えている。
- 今年度
- プラットホームを開発して,実際に使えると言うところまで持っていく。
- ネゴシエートしながら進めているので,早々実現は難しいが,年度内には実験を始めたい。
- 来年度前半
- 様々な利用実験
- 来年度後半
- ビジネス利用のイメージをつける。
*1:20年間の期間について,貸し出し状況の統計を分析した
*2:これは後の質疑応答で,経済学者によるライフサイクルモデルによる研究を元にしている。詳しくはPaul N. Courant and Matthew "Buzzy" Nielsen. "On the Cost of Keeping a Book" http://www.clir.org/pubs/abstract/pub147abst.html を参照のこと