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【書評のようなもの】岡部晋典編『トップランナーの図書館活用術 才能を引き出した情報空間』勉誠出版, 2017.

どうも。今井です。

0.まくら

本を作るのってとても大変なことだなと,ふと思い出したりします。もちろん著者も大変なのですが,それを支える編集さんとか営業さんとか印刷屋さんとか,大変な人たちが一杯です。枕話で宣伝をして恐縮ですが,勉誠出版さんのご厚意で出版に至った単著が絶賛発売中です。皆さま近くの書店で是非お求め下さいませ。

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1.ここから本論

閑話休題

私と共著論文を出したり,共同発表者にもなったことがある戦友,岡部晋典さん。何と私と同じ勉誠出版さんから単著を公刊いたしました。その名も『トップランナーの図書館活用術:才能を引き出した情報空間』です。

発行が決まった直後に勉誠出版さんの通販で注文していたのですが,ご本人からご寄贈頂いたので,私の研究室には2冊到着しております。1冊は読みつぶして,1冊は授業での回覧用としたいと思います。感謝。

寄贈の御礼などを本人とやり取りしていたところ,業界内からは面白いとか以外,ちゃんと書評がないので寂しい(意訳) とのコメントを頂きました。ちゃんとした書評はこの後,各種業界誌に載るのと思いますので,このブログでは「書評のようなもの」をお届けしたいと思います。

1.本書の魅力について

本書の魅力を語る上では,以下の記事を紹介する必要があるでしょう。

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「想定読者層として高校生あたりも考えていたので、緩い文体で、掘っていくと意外と内容はディープってスタイルがいいのかなと判断しました」と岡部さんは前述の記事で語っています。確かに気合いを入れて読む学術書と言うよりは,力を抜いて読める読み物の方が近いように思います。それでも,中身にはかなり力が入っています。用語への脚註もものすごい数があり,312ページの本なのに670の脚註があるという状態。

タイトルには図書館とあるので,図書館の話だけで終わっているのかと錯覚するのですが実際には,非常に話題が多岐にわたっています。知や文化の世界で最先端を走る人々の図書館や本を中心とした,各人が自分の分野で構築してきた学問だったり文化だったりを背景として語る話はとても魅力的です。

たとえとして適切かどうかは分かりませんが,自分の経験に引き付けると,大学院の研究室でコーヒーかお茶を飲みながら,先生と雑談している時に「あ,これ全部メモしておきたい」という思った瞬間に近い,岡部さん曰く「知的興奮」の感覚を覚えた次第です。

図書館の領域に無理に引き込むのではなく,きちんとインタビューイーの学問や専門分野に触れて,図書館との繋がりについて触れていくというのは大変に難しい事だと思います。インタビューの怖いところは,聞き手が話を引き出せなければ,データとして存在するはずのデータが取れないという所です。岡部さんはきちんと相手の分野について踏まえた上で,インタビューの時間配分まで決めて臨んでいます。

こうした岡部さんの行動から,私は立花隆の『ぼくはこんな本を読んできた』に収録されている「知的好奇心のすすめ」を思い出しました。インタビューする前にインタビューイーの分野について,きちんと調査し準備をした上で,インタビューに臨むといった今であってもごくごく当たり前のことが書かれている記事です。  

ぼくはこんな本を読んできた―立花式読書論、読書術、書斎論 (文春文庫)

ぼくはこんな本を読んできた―立花式読書論、読書術、書斎論 (文春文庫)

 

当時高校生だった私は,テレビ番組や雑誌のインタビューでお手軽なものって普通にあるよなと思いながら同記事を読んでいたように記憶しています。今も昔もきちんと準備して臨むことの難しさは変わらないのでしょう。その点,岡部さんは,インタビューにあたって対象となる人々の著作や研究をきちんと踏まえ,それを適切なタイミングで用いながら,インタビューイーの話を引き出しているように感じました。

例えば,ビブリオバトルで注目される立命館大学の谷口忠大先生が,Twitterで次のように語っています。

それから,図書館の話に学校図書館の話がかなりの割合で出てくることも注目したいところです。研究素材で使おうとするならば,もう少し踏み込んだ発言が必要だとは思うのですが,それでも話の腰を折らない形で,最前線で活躍する人たちがどう学校図書館に向き合ってきたのかを読めるというのは,学校図書館関係者としては大変に興味深く拝見しました。

2.「トップランナー達の見た図書館のこれまで,そしてこれから」について

さて,本書の中には「トップランナー達の見た図書館のこれまで,そしてこれから」と銘打たれた,一連のインタビューを振り返った節があります。「本書の企画には〜(中略)〜研究的な意図があったことを明確にする必要があるため」学術文体を用い,本書の企画意図や得られた結果のまとめを行っています。 本書は,あくまでも各インタビューこそが主役であり,この部分は,他の書籍では「まえがき」や「あとがき」に相当する著者の振り返りに相当します。この箇所は岡部さんの本気半分,シャレ半分で書いた箇所だとも思えます。

こういう箇所に細かい突っ込みを入れるのは,野暮やマジレスとして本来は避けるべきところかもしれません。ただ,本人にツッコミを入れて良いとの許可をもらいましたので,敢えてマジレスしたいと思います。なお,私が学術系の文書でツッコミを入れるときには常体を使うので,あえて常体にここからは切り替えます。

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本書について,研究的な意図があったとの前提を置いた上で,当該の節を検討した。以下,3点を指摘しておきたい。

1点目は筆者の提示する先行研究の限界についてである。

例えば,p. 301のリサーチクエスチョン「人々のこれまでの図書館利用の実態はどのようなものだったのか」で筆者は「近年,図書館利用や図書館等機関がが発信するデータの量的利用分析は盛んに行われている。しかし,本企画のような利用者そのものへの質的調査の試みはエアポケットの状態である」と述べている。筆者は続いて,利用の実態について研究者らを対象とした情報行動分析はあるが,本書のような(=利用者そのものへの)調査は見当たらないと指摘している。

ただ実際には,糸賀らによる都立図書館を対象とした利用行動調査や,Lisa M.GivenとGloria J.Leckieによるカナダの公共図書館を対象とした利用者行動調査がある。これらは本書が行ったようなインタビュー調査ではなく,前者が観察及びアンケート調査,後者が"seating sweeps"と呼ばれる観察法を用いた調査ではあるため,本書が取り扱ったアプローチとは異なるものの,これらの先行研究の調査では何が達成できなかったかを検討する必要があったのではと考える。

公共図書館における館内閲覧量測定の有効性(慶應義塾大学学術情報リポジトリ)

“Sweeping” the library: Mapping the social activity space of the public library1 - ScienceDirect

2点目は,「調査」と「研究」の用語の使い分けについてである。p. 302において,筆者は「質的調査」と「質的研究」という用語を用いている。調査と研究についてはsurveyとresearchの言葉の使い分けにも現れるように,使用する際には区別が必要な用語である。おそらくその後の表現では一貫して「調査」が用いられていることから,後者の用語は「質的調査」の誤りだと思えるが,もし使い分けがされているのであればご指摘頂きたい。

3点目は,本研究の限界についてである。研究手法がインタビュー調査である以上,調査を行うにあたっては相手が調査を受け入れることが前提となる。よって,この調査ではあくまでも過去の図書館体験について語っても良いとした被験者に調査が限られることになる。また本書の被験者については,ほぼ図書館について好意をもち肯定的な見解を持つ被験者が多く,反感や否定的な見解を持つ被験者はほとんどいなかった。p. 309で筆者自身が指摘しているが,仮にp. 300でいうような「インターネットがあれば図書館が不要だ」との見解を持つ被験者が存在したのであれば,利用者の状況はさらに明らかにできたのではないかと思われる*1

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以上が疑問点です。重箱の隅をつついた感が否めないので,もっと本質的なツッコミは他の方へ譲りたいと思います。ただこういうツッコミどころが残っているのは本書のマイナス点ではなく,むしろこのようなツッコミどころを残していることこそが重要だと私は思います。

本書を読んだ高校生や大学1年生が,この本に対して,私ならこうやってこういう人に調査するのに,もっとこうやれば上手く調査できるのにと,本調査手法を改良して,研究を深め,学術論文を執筆するようなことになるのを,わざと狙っているのではと私は考えています。

とりあえず4000文字を超えたので,ご寄贈御礼の書評のような物としてはここで収めておきたいと思います。岡部さん,ご寄贈有り難うございました。また悪巧みいたしましょう。(巻末広告最終ページ右上に掲載されている書籍の著者より)

*1:ただし,この点は著者が「この人の話を伺いたい」とした原動力とは反する可能性があるため,仮に可能な条件が揃ったところで調査が実行可能だったかどうかは疑問が残る